カフェの歴史(その1)

コーヒーのうんちく
12 /16 2016
今回は、欧米と日本のカフェの歴史について触れたいと思います。
各国で初めてカフェが開店した年とカフェの名前を年度順に表にしました。
カフェができる前のヨーロッパでは、ワインやビールなどのアルコール飲料を飲みながら人々が集う居酒屋が続いていました。これら「酩酊」の場に対して、「覚醒」の場を提供したのがカフェです。

平成28年12月16日カフェの表

これは、イギリスで1760年頃から始まった産業革命と軌を一にしたものです。資本主義経済の進展により、人々はより効率的な労働を要求されるようになりました。覚醒作用を伴うコーヒーは、この時代の要請にかなった飲み物だったのです。

伝統的居酒屋の役割を侵食しながら、カフェはヨーロッパ社会に浸透していきます。

もう一つ触れておきたいのが、イギリスとアメリカの動きです。「アフターヌーンティ」という通り、紅茶好きで知られているイギリスですが、この表に示す通り、ヨーロッパで一番早くカフェが開店したのは、イギリスです。この時イギリスのカフェでは、コーヒーが飲まれていました。しかしイギリスは、コーヒー貿易で、オランダやフランスとの競争に敗れ紅茶貿易に転じました。

イギリスは「茶条例」を発布して輸入紅茶を独占し、価格を釣り上げた上に重税を課しました。当時イギリスの植民地だったアメリカはこれに怒り、ボストンに停泊していたイギリス東インド会社の船を襲撃して、積み荷の紅茶を全て海の中に捨ててしまいました。これが「ボストン茶会事件」です。この事件をきっかけにして、アメリカは独立戦争に突き進んでいくことになります。

このような経緯から、イギリスは紅茶を飲む国となり、アメリカはコーヒーを飲む国になって行ったという訳です。これ以降アメリカは、世界最大のコーヒー消費国になりました。
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病虫害の発生

コーヒーのうんちく
11 /14 2016
 1,861年、アフリカでコーヒーの葉を枯らす細菌性の病気「サビ病」が発生し、1,868年スリランカ、ジャワ、スマトラ、インドに拡大して行きました。特に、スリランカ、インドでは壊滅的な打撃を受け、以後コーヒー栽培を断念し、(紅)茶栽培に方向転換をしました。

 このサビ病が発生しなければ、インドのアッサムティーやダージリンティーはできなかったのかもしれませんね。

 このサビ病対策として、カネフォラ(ロブスタ)種の採用につながっていきました。ロブスタ種は1,898年コンゴで発見された豆で、病気、暑さに強く多収穫、という性質が評価されて、栽培が広がりました。コーヒー豆生産量世界2位はベトナムですが、ロブスタ種の生産が大部分です。但し、ロブスタ種は苦味と雑味の強い豆なので、100%ロブスタ種で淹れたコーヒーはとても飲めたものではありません。

 ところで、自販機やコンビニで買える缶コーヒーは1缶100円ぐらいです。中にはエメマンブレンドをうたっているものもあります。しかし、コロンビア産の最高級品質のエメラルドマウンテン100%ではありません。200gで1,500~2,000円する豆を100%使ったのでは、1缶100円では採算が取れないでしょう。そこに使われるのがロブスタ種です。単価の安いロブスタ種をできるだけ多く使って、スペシャルティコーヒーのようなコーヒーらしさを出すというのが缶コーヒーメーカーの考え方です。但し、100%ではありませんから、味わいは・・・・・
 いくらエメマンと謳ってみても、当店で10月にお出ししていたエメラルドマウンテンとは全く別なものです。

それではまた次回。

コーヒーの伝播(その2)

コーヒーのうんちく
11 /13 2016
 コーヒーの生産国世界一位のブラジルでは、ブルボン種という豆が主に使われます。以下のような経過をたどってブラジルでは主要なコーヒー豆になりました。

 1,727年フランス領ギアナよりティピカ種が持ち込まれました。19世紀に入るとヨーロッパ、アメリカでのコーヒー需要が増大し、価格が高騰しました。ブラジルはこの機をとらえ、このティピカ種で積極的な増産を進めました。

 現在主流のブルボン種は、フランス東インド会社がインド洋上、スリランカの東にあるブルボン島(現在のレ・ユニオン島)に移植した苗木が突然変異を起こし、ブルボン種ができたと言われています。このブルボン種が、1,770年にブラジルに伝わり、ブラジルでの栽培が始まりました。

 1,830年頃、欧米のコーヒー需要に答えるためにリオデジャネイロを中心にコーヒーの生産が爆発的に増えました。この時、ティピカより高収量のブルボン種に注目が集まり、以降ブラジルでのコーヒー豆の主流となって行ったのです。

 あまりなじみのないレ・ユニオン島ですが、世界遺産にも登録されている風光明媚な島です。昨年のTVCMで、日本ガイシという会社が、セラミックを使った蓄電池の宣伝で、レ・ユニオン島で行われている風力発電で発生させた電気をこの蓄電池にためる、という宣伝映像が放送されていましたので、記憶されている方もあるかも知れませんね。

それではまた次回。


コーヒーの伝播(その1)

コーヒーのうんちく
11 /10 2016
アフリカで生まれたコーヒーは、現在ブラジルをはじめとする南米・中南米での栽培が盛んです。
 コーヒー豆は大きく分けて2つのルートで伝わりました。

 コーヒーが発祥の地エチオピアから対岸のアラビア半島イエメンに伝わったのは、15世紀のことです。イエメンで15世紀半ばよりコーヒーの商業的栽培が始まりました。積出港の「モカ」はコーヒーの代名詞になりました。それ以降イエメンはコーヒー栽培を独占し、苗木の持ち出しを禁止して、その独占権を守ろうとしました。コーヒー豆も発芽能力取り去ったものを輸出しました。

 この独占体制に風穴を開けたのがオランダです。1,658年オランダはモカからコーヒーの苗木を持ち出すことに成功し、これをスリランカに持ち込んでコーヒー栽培に成功します。このコーヒーはさらにインド、ジャワへと伝播していきます。

 1,712年ジャワ産のコーヒー豆を初めてアムステルダムに輸送し、18世紀後半にはついに生産量でイエメンを圧倒することになります。

 これに先立つ1,706年ジャワからアムステルダム植物園に1本のコーヒーの苗木が送られ、1,714年時の皇帝類4世に献上されました。その後成長した苗木を、1,723年フランス海軍士官ガブリエル・ド・クリューが譲り受け、フランス領マルチニーク島への移植に成功しました。マルチニーク島はジャマイカの南東側にある島です。フランスからはるか大西洋を経て移植されたわけです。これが、1,730年以降中南米のハイチ、ジャマイカ、ベネズエラに移植され、これらの国でのコーヒー栽培が盛んになって行ったということです。この品種は「ティピカ」です。

 まず、ティピカ種が広まっていったわけです。このことから、中南米地域では今でも主にティピカ種を栽培しています。

それではまた次回。

コーヒーの歴史(その2)

コーヒーのうんちく
11 /09 2016
 コーヒーは、15世紀末にはイスラム教の聖地メッカ、メディナに伝わり、1,510年頃にはエジプトのカイロに伝わりました。
 メッカでは修道院から一般のイスラム信徒に広がり、初めてのカフェもできます。

 1,517年オスマントルコのセリム1世はエジプトを制圧。この時コーヒーを首都コンスタンチノープルにもたらしました。
 イスラム世界では、人々が集いコーヒーを楽しむ場所「コーヒーの家(トルコではカフェ・ハネと呼ばれた)」が、各地で栄えました。

 16世紀に入り、コーヒーがイスラム圏に広がるにつれ、中近東を旅するヨーロッパの商人、学者などの旅行者を通じて、ヨーロッパの知識人にコーヒーの存在が知られるようになりました。

 ところで、ワインは旧約聖書で神と人間の契約の中で出てくるように、キリスト教世界で広まっていった飲料です。旧約聖書に出てくるエホバの神は、人間たちを救うために契約をしますが、1日に何回お供え物をする。そのお供え物は、パン、肉に加えてブドウ酒という記述もあります。人間はその神との約束を破ったためにカナンの地に追放され、許されるのに長い時間がかかりました。
飲まれ始めたのは、ワインのほうが圧倒的に古いことになりますね。

それではまた次回。

コーヒーの歴史(その1)

コーヒーのうんちく
11 /08 2016
 これから、コーヒーについてのあれこれをアップしていきたいと思います。まずは、コーヒーの歴史から。
 植物としてのコーヒーはアフリカ起原で、エチオピアのカッファ地方と言われています。この「カッファ」がなまって、「コーヒー」という名になったと言われています。この「コーヒーノキ」は、3,000万年前には地球上に存在していたと言われています。

 ただし、飲み物として常用し始めたのは、ぐっと下って15世紀半ば、場所は今のイエメンと言われます。ただし、10~11世紀イスラムの大医学者ラーゼスとアヴィセンナが胃に効能があるものとして「ブンクム」というものを紹介しており、これはコーヒーのことを言っているのではないかという説もあります。

 確認されている最初のコーヒーに関する文献は1,587年に発行されたもので、アデンのイスラム律法学者ゲマレディンがエチオピアでコーヒーの薬効と覚醒作用を知りこれをイスラム宗教界に広めた、となっています。

 この他にシェーク・オマルの伝説というのもあります。13世紀末のイスラム修道僧シェーク・オマルは不祥事からモカを追われ、洞窟で草木を食む生活を強いられていましたが、美しい鳥に導かれてコーヒーを発見したというものです。

 カルディの伝説というのもあります。山羊飼いが、普段はおとなしい山羊が木の実を食べて夜通し騒ぎまくったことに困って付近の修道院に相談します。院長がその効能を夜の勤行に利用し「眠らない修道院」として有名になったものです。これがのちに脚色され、山羊飼いにカルディという名がつけられて広まりました。日本のコーヒーや輸入食材を扱う「カルディ」の名はここから来ています。

 ということで、コーヒーはイスラム世界からヨーロッパに広まったものと言えます。

 それではまた次回。

YYSweetsCafe

住所:鶴見区上末吉1-16-29
   斎藤様方1階
詳しい地図は、7月31日のブログ記事を見て下さい。
3月の営業日
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31日(金)は13:30開店です。
4月の営業日
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